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カレラ創業者、最後のインタビュー 1

2019年はカレラにとって忘れられない1年になりました。数年前からすすめてきた世代交代の準備が整い、創業者のダビデ・ボイファーバが引退。息子のシモーネが指揮者となり、新しい時代がはじまったのです。

新しいリーダーとなったシモーネが最初に行なった改革については、いずれ機会をもってご紹介するとして……今回はカレラの創業者ダビデのインタビューをお送りします。カレラというブランドのDNAはダビデによってもたらされ、大きく花開きました。

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ー こんにちは。早速ですが、簡単に自己紹介してください。
ダビデ ブレッシア生まれで、5人男、4人女という9人兄弟の男の末っ子です。兄弟では唯一の自転車選手でした。プロ選手として活動し、引退後はチームの監督やフレームの生産を手掛けてきました。妻の名前はマリア・テレサ……もっと詳しく、知りたいですか? もういいでしょう(笑)
ー 自転車選手は子供の頃の夢でしたか?
ダビデ 最初に願ったのは、もっと学校に行きたいということでしたね。貧しい家庭に育ったので、小学校を終えたあと、すぐに働かざるをえなかったのです。だから、私の学歴は10歳までしかありません。
ー そうなんですか。
ダビデ ですから、いろんな仕事をしました。服を作るテイラー、ウエイターも経験しました。といっても、おおむね皿洗いをしてました。
ー 仕事をしながら学んだ、と。
ダビデ ええ。「賢い人たちと付き合いなさい、それがアナタの学校です」と母に言われていたので、それを忠実に守り、仕事から学ぶことも多かったと思います。
ー 自転車に乗り始めたきっかけは?
ダビデ 14歳のときに、ガルダ湖畔のサロという街で世界選手権があって、将来の夢が自転車選手になりました
ー 夢を叶えるために、最初にしたのは?
ダビデ トレーニングするために配管工に転職しました。
ー 自転車を買うではなく、強くなるための環境を求めたわけですね。でも、競技するためのロードバイクが必要でしたよね。
ダビデ 毎週、日曜日に母親と食料品店に鶏の卵を売りに行き、わずかなお金を貯めて買いました。それよりも前だと、子供の頃、友人の自転車を借りたときですね。とても楽しかったのを覚えています。いつか、自分の自転車が欲しいと思いました。
ー いつか、という感じでしたか。
ダビデ 当時は食べていくことが、すべてに優先される生活でした。テーブルに食べるものがあるだけで幸せでした。
ー では、最初のロードバイクを手にしたときは嬉しかったでしょうね。
ダビデ 地元のブレッシアにあるセレーナというブランドで、グレーのフレームでした。
ー もしや、名工として知られる……
ダビデ ピエロ・セレーナのセレーナです。この自転車との出会いが、後のカレラにも大きな影響を及ぼすことになります。
ー セレーナの話も聞きたいですが、はじめてのレースはどうでしたか?
ダビデ 2位でした。2レース目で勝利を挙げることができました。
ー すごい! 最初から強かったんですね。
ダビデ 明確に答えるのは難しいですが、内に秘めたる情熱が強かったんでしょう。レースで苦しみたいという気持ちが湧き出てきたのだと思います。
ー そのあとも順調に?
ダビデ 14のレースに出場して、8つのレースを独走で勝ちました。
ー 独走!
ダビデ 観客を楽しませたい、興奮させたいという気持ちが強かったですね。だから、スタート直後からハードなレースをするように心掛けていました。勝利という栄光と同時に、苦しむことも求めていました。
ー 初心者のときから、観られることを意識して走っていたなんて。
ダビデ ロードレース観戦の魅力は、選手が苦しみと闘って頑張っている姿で、特にヒルクライムではそういった場面が多いと思います。やはりスプリンターよりも、クライマーのほうが、お客さんにとっては魅力なんじゃないかと感じます。
ー 選手になるのは大変そう。
ダビデ 情熱があれば大丈夫です。それぞれのカテゴリーで求められるレベルは異なりますが、レースを通して学べることも多いです。
ー 苦しみだけじゃなく?
ダビデ 日常生活の規範となるものとか、守るべきもの。どのように生きていくべきかとかを学べます。チームの中に入ることで、生活上の守るべきルールを知り、それに従って生きていくべき理由や大切であることも分かります。
ー たとえば。
ダビデ 大変なことですが、人生においては犠牲を払うということにも意味があります。犠牲を払うことで、何かを得ることができます。自転車選手の生活は、全然普通の生活じゃない。ほぼ苦しみ続け、犠牲を払い続けています。しかし、それを続けていれば、自分の目標に達することができます。自分の大好きなことをやり続ければ、夢を手に入れることができる。それをロードレースから学びました。

(つづく)

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ダビデ・ボイファーバ
1946年11月14日生まれ。ポディウムs.r.lの創業者。輪聖エディ・メルクスのアシストを務め、ジロ・デ・イタリアでマリア・ローザを着用したこともある。指導者になってからは世界選手権、ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランスを同一年に制するトリプルクラウンを達成したステファン・ロッシュ、山岳王のクラウディオ・キャプーチ、マルコ・パンターニを見いだした名伯楽として知られる。

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ポディウム公式アカウントです。ヨーロッパのロードバイクシーンがナニを考え、どのように問題に取り組んでいるのか……をお伝えします。http://www.podium.co.jp/