サドルに正しく座るとは……
前回はペダリング時の足と脚の動き、さらにクリートの設定について考えました。今回はサイクリストと自転車のもう1つの接点、サドルです。
ルカ
ここ20年間、プロ選手たちとのやり取りは戦いでした。多くの人は問題が発生するまで、自分が間違っていたということを認めません。
サドルメーカーは、正しく座ってもらうことを前提にサドルを研究開発しています。サドル中央部の穴やその他の工夫も、正しく座ることを前提として設計されています。
正しく座るとは、左右の座骨(結節)がサドル後部に完全に載っている状態を指します。いま世界中で起こっている問題は、お尻を前に移動させ、座骨ではなくその前方のアーチ部分でサドルの細くなったノーズに座る人が多いことです。これがライダーにもサドルメーカーにも問題なのです。どんなにいいサドルでも、この座り方では快適なサドルは存在しません。正しくバイクフィットを行なうこともできません。
座骨結節は左右に2つあり、座るときに体重を支えるための太くて丈夫な骨です。ほとんどの人の場合、お尻の下を触れば分かります。座骨のアーチ部分はそれに比べるとスリムな構造です。本来は負荷がかからない場所ですから。そこに泌尿器官や生殖器官があります。非常に繊細な部分です。股間のアーチは、それらの器官の通り道となり、保護するためのトンネルなのです。サドル前方に座ると、トンネルが崩れ、大切な器官を圧迫します
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トップライダーの場合、骨盤がぐっと前方に傾く人がいますよね?
ルカ
骨盤の前方への傾きは、ハムストリングスの長さや柔軟性が決めるのです。idmatchでは、それもチェックします。前へ傾けることができればエアロダイナミクスを獲得するだけでなく、腰痛を防ぐ効果があるのです。
骨盤が立っていて背骨だけを前方に傾けた場合、腰痛がひどくなります。椎間板への圧迫が強くなり、痛みが増します。骨盤と腰椎の間は曲がらない方がいいのです。
サドル前方に座っている場合、骨盤を前に傾けることもできなくなります。アーチへの圧迫が強くなりすぎるからです。
正しい位置に座っていれば、骨盤が前に傾いてもアーチ前方はサドルにしっかりと載っていて内部の器官を保護します。でも、サドル中央部の穴は必要です。骨盤が前に傾くとアーチの高さは低くなります。器官を収納するトンネルが狭くなるわけです。穴ありサドルをおすすめします。
これが快適性、しいては健康にプラスの影響を与えることになります。
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プロでも穴開きサドルを使い始めましたね。
ルカ
プロ選手は以前、穴のないサドルしか使いませんでした。私たちは穴空きサドルの優位性をトレーニングキャンプで説明しつづけました。若くて元気なライダーは自分の健康状態を過信し、プロにはサドル穴は不要、と信じ込んでいる場合があります。でも、穴があることで身体を守りつつ、充分なサポート性能を持つサドルがあることを理解しはじめています。
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サドルのパッド厚はどのように考えるべきですか?
ルカ
サドルの厚みはライド時間と関連します。1時間だけだとパッドがたっぷりと厚いのがいい。身体がサドルになじむ時間はありません。身体に合わせてくれるサドルが必要です。6時間では薄めがいい。その方が快適なのです。12時間だとそれより少し厚いのがいい。ライド時間の長短で求める機能が違ってきます。
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サドルの取り付けですが、常に水平ということを強調しています。
ルカ
そうです。ただ、サドルの形状に気をつけてください。幅の違いだけでなく、横から見て平らなサドルもあれば、ウェーブがついたサドルもあります。
問題は、サドルの水平とはなにかということです。研究の結果、ある一定の幅を持つ箇所(BRP=70ミリ)を基準にすると、サイクリストはサドルの種類に関わらず、その基準線から同じだけのズレを持って、同じ箇所に坐ります。そのズレの量は1人ひとり異なります。そこより後ろに座ることはありません。その基準線より前を水平に設定することが、サドルに正しく座ることにつながります。フラット、ウェーブ等のサドル形状や、サドル幅には関係ありません。身体に障害を与えない、健康的なサドルの使い方にもなります。サドル幅はあくまでも骨盤の幅を基準に選びます。ウェーブ形状かフラットかは、骨盤の傾きと関係します。
選手の場合、UCIルールに合わせて自転車をセッティングする必要があります。しかし、サドルの水平に関して、UCIは間違っているとしか言いようがありません。サドル上面の先端から後端まで水準器をあてて測定する方法ではバイオメカニクス的に問題がでるサドルが存在します。
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ルカの説明は分かるのですが、考えなくても正しく座ることができるサドルはないのですか? メーカーにはそこまで努力してほしいです。
ルカ
さまざまな工夫があります。最近、ショートフィットサドルが人気です。いくつかのアドバンテージがあります。そして、使った人は、快適だ、といいます。なぜ、サドルが短いことが快適性に関係するのでしょう?
必然的にサドルに正しく座るからです。私たちが言うショートフィットサドルとはショートノーズ、つまり従来の標準的サドルの先端部分を切り取って短くした設計のものを指します。
ショートサドルの発想は10年前からありました。当時は、サドルのノーズ部分が下りのきついコーナー等でラダーとして舵取り役を果たしているという考えもありました。しかし、ショートノーズで一切問題がないことが分かりました。
そもそも従来のサドルの長さは、サドルを支えるレールの製作上、どうしてもある程度の長さが必要だったのです。レールを短くして必要な機能をもたせる技術がなかった時代に生まれたものでした。
ここ10年でライダーのポジションが大きく変わりました。ペダルを真下にプッシュしやすいようにサドル前部に坐り始めたのです。その結果、サドル前方に座骨前方のアーチ部分で坐り、繊細な泌尿器官や生殖器官を傷める結果になっています。
ショートノーズのサドルはその欠点をなくします。
ショートサドルは、正しい長さのサドルを短くした変形サドルではなく、従来のサドルから新しい知識と技術で不要部分を取り去った正しいサドルなのです。
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サドルを水平ではなく角度を変えたい、と感じたとき、ポジションが悪い、と言えるでしょうか?
ルカ
たとえば、サドルの前を下げたい、というのは股間への圧力を下げたい、ということです。その場合、3つの可能性があります。
― サドルが合っていない。
― サドルは合っているがポジションがよくない。
― サドルが合っていなくてポジションがよくない。
サドルの問題も、原因を正しく分析するためにフィッティングを総合的に検討する必要があるのです。
サドル選びには、ここまでお話しした以外にも多くの要素があります。幅や長さだけでなく、上面がフラットなのかウェーブしているのか、レールやパッドの種類等、少なくとも1000種類のサドルが販売されています。今後も、折に触れてそれらの要素について考えていきましょう。
第3回目でクリート位置を考え、今回はサドルについて考えました。身体のパーツからアプローチしたわけです。さらにハンドルバーも正しく選び、クランク長を正しく設定します。これは別の機会に話しましょう。ここまで来て、やっとポジション出しが開始できるのです。
次回は、もう一度、総合的な視点にもどってバイクフィットを見てみましょう。
(つづく)