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開発エンジニアが語るショートフィット2.0 3Dサドル

未来のロードバイクを創造するとき、最初に考えるべきはエアロダイナミクスでも剛性の強化でもない。快適性こそが最優先される課題だ。それは人間がエンジンとなり、操作をし続ける限り、疲労や苦痛から解放されることは速さや効率と直結するから。

ある統計によると、サイクリング中や、事後にお尻の痛みを経験したことがある人は80%にも及ぶという。すなわちトラブルを解決する一丁目1番地はサドルにある。ポジショニングなど他の要素も関連するので、画期的な製品が1つあれば解決する問題ではない。

だが、この10年でサドルの開発コンセプトや製造技術は大きく進化した。現在、もっとも注目集める3Dプリンターを使った製品作りについて、セラサンマルコ(Selle San Marco)のエンジニアEnrico Andreola(エンリコ・アンドリオラ)さんに訊いてみた。

エンリコ・アンドリオラ/3Dプリントサドルの開発に携わったセラ・サンマルコのエンジニア。かつてはカーボンフレームの設計にも携わっていたことがある。2023年台北ショーにて。
座骨の幅に合わせてワイドとナローの2種類がある。

Q この未来的なデザインの製品は、サドルの新時代を宣言しているのですか?

A 個性的なスタイリングを与えられたことには満足していますが、より重要なのは内部の構造に新しい試みを加えられたことです。そういう意味で、3Dプリンターが大きな可能性を秘めていることは間違いありません。

Q 革新したのは内部構造ですか?

A 私たちはペダリング時にどのような圧力がかかるのか、最新の計測器を使って調べました。3Dプリンターは着座面のクッション性をコントロールしやすいので、理想と考える性能を具現化できる。そして、全体的には柔らかく、座骨が当たる部分を硬めに設計しました。

この方向性の基礎は、すでに販売しているショートフィット2.0にあります。他のメーカーは3Dプリンターという新しい技術からサドルを作りましたが、私たちはショートフィット2.0を進化させるために3Dテクノロジーを応用したのです。そこがライバルメーカーと大きく違います。

これは簡単な作業ではありませんでした。3Dプリンターが描く理想の未来は、一人ひとりに合わせたカスタムサドルでしょう。ですが、それには非現実的なコストがかかる。Shortfit 2.0 3D Carbon FXと《Shortfit 2.0 3D Racingはショートフィット2.0というコンセプトに基づき、最大限の効果を生み出すため、開発に時間がかかったというのが偽らざる現実です。    

Q ショートフィット2.1、2.2が登場したと考えてもいい?

A まずショートフィットというコンセプトができて、現在の2.0にモデルチェンジしたときに、形状や素材を改良しました。3Dは2.0コンセプトの延長線上、テクノロジーの進化によって誕生した製品ですから、小数点以下の数字をいくつにするかはともかく、発展型であることは間違いないです。

Q サドルはターゲットの小さい商品で、多品種でカバーする製品というイメージがあります。そういうスタイルにも変化がありました?

A いい質問ですね。基本的にシンプルなラインナップにしたい、ものごとをシンプルにとらえたい、と考えています。我が社のスタッフのほとんどがサイクリストで、ユーザーにシンプルなメッセージを伝えることの重要性をよく理解しています。サドルはサイクリストの人生をややこしくするために存在するわけじゃないです。ショートフィットというコンセプトには、そういったメッセージも含まれています。

デビューと同時に欧州でも話題になった独創的な表層デザイン

Q 3Dプリンターによって、具体的にどのような点が進化したのですか?

A 当然ながら緩衝する表層は違います。しかし、シェルもレールも同じです。クッション性は異なりますが、どちらかが優れているというのも違います。3Dは新しい提案です。どういうライドをするかによって最適解は異なるので、どちらがより快適、どちらがよりパフォーマンスが高いという表現も当てはまりません。

従来との最大の違いは構造で、特許を取得しました。内側も表面の構造もライバルたちとは違います。他社に関してあまり語るべきではありませんが、彼らの製品は6角形の構造を積み重ねたオーソドックスな技術で作った製品です。私たちはカーボン社(表層部の製造メーカー)のソフトウエアをそのまま使うのではなく、社内で独自に開発した内部構造で、すべてを自社の技術でコントロールしているのです。

専門的にはラティス(Lattice)と呼ばれる構造をしています。この構造の特徴は外側の形状を維持しながら、内部を空洞化して軽量化が可能です。レーシングカーやモーターサイクルのフレーム設計等にも応用されており、枝状に分岐した格子が周期的に並んだ立体形状となっています。

Q 3Dサドルは選手のための製品ですか?

A サンマルコの製品は、選手のためにだけ開発されているのではありません。私たちの顧客はグランフォンドに参加するような、快適性や軽量性に高いスペックを求める一般的なホビーライダーです。

3Dサドルは多様なシチュエーションに対応できる製品ですが、価格的にはハイエンドですし、長時間苦しまずに快適に走りたい人がターゲットになるでしょう。究極のレーシング・パフォーマンスを求める方は、こちらには来ないかもしれない。従来の2.0の方が軽いし、プロは3Dには乗らないと思います。ただ、3Dプリンターを使ったサドルのなかでは、とても軽いです。ライバルよりも10g以上軽いです。

Q 初心者こそ高機能、高性能な製品を……という考え方もあります

A  これは個人的に……と断っておきますが、価格の点から考えて、ビギナー向けとはなかなか言いにくいです。サドルに自分が何を求めるかがわかっている人のための製品だと思います。価格を気にしなくてもいい人であれば、もちろん使っていただきたいです。

Q 3Dプリンターにもいろいろあると思いますが、どんな素材が使われているのですか?

A 紫外線硬化性樹脂タイプのEPUポリウレタンです。光造形というのですが、タンクの中に液体ポリマーが入っていて、光を受けると固体になる。そうしてできた層を重ねていきます。

我々のパテント技術というのは、その技術をどのような構造でサドルにするかというところにあります。製造工程のすべてがイタリアで行なわれています。サンマルコからクルマでいける距離に生産工場があり、コミュニケーションを密にとって開発できたのもアドバンテージとなりました。

Q ライバルとは、使っている素材とかも違いますか?

A フィジークも、セライタリアも、セラサンマルコと同じ素材です。構造、設計、そこが違う。それが違いです。

Q スペシャライズドは一部のシャミークリームの使用に関して、注意喚起をしていますが、サンマルコも一緒ですか?

A あまり詳しく言えないのですが、ベースの素材は一緒です。ただ、より頑丈で、より丈夫な仕上げになっています。

Q 紫外線や耐久性はどうですか?

A 知っての通り、攻撃性の高い光ですから……紫外線による劣化はありません、とは言えません。しかし、既存のサドルよりも弱いということもありません。以前、ピナレロでカーボンフレームを設計していましたが、どのブランドの塗装でも紫外線を浴びれば、なんらかの形で傷みます。クルマのペイントでも、やはり紫外線にやられます。

ひとつ、私から申し上げておきたいのですが、他のメーカーの仕事を貶めるつもりは微塵もありません。スペシャライズドのミラーサドルもフィジークのサドルも、いいサドルです。本当にそう思います。彼らの仕事に対する尊敬の念もあります。事実、 スペシャライズドとフィジークの製品については、よく研究しました。アディタスがシューズに使ったことも、中身も研究しました。

3Dプリンターを使ったモノ作りは始まったばかりです。そういう意味に於いて、カーボン社はすばらしいパートナーでした。彼らのノウハウ・技術を教えてもらい、それを応用することができました。

Q 他にも言っておくべきことがありますか?

A ユーザーになられた方は、ぜひ感想やフィードバックを下さい。常にオープンな気持ちで教えていただきたいと思います。3Dプリンターによる製品作りは、金型代がいらないので改良が行ないやすいのが特徴です。

従来のモノ作りだったら、ちょっとした変更にもかなりの投資が必要でした。今回はテスト中に100回以上いろいろと変更しました。スポーツバイクは日進月歩で進化しますし、ユーザーの求める機能や質感も変わります。それにすぐ対応できるのが、3Dプリンターを用いたサドル作りなのです。

Q 10年後、3Dプリンター製サドルは標準化していると思いますか?

A より大きな視点から3Dテクノロジーを考えると、自転車業界全体を根幹から変える可能性があると思います。3Dテクノロジーは積層造形技術(Additive technology)とも呼ばれます。サドル、ハンドルバー、フレーム、ホイール、すべてに変革をもたらす可能性があります。

10年前、2023年にはサドルには穴が空いて、3Dプリンティング技術を用いた構造になるよ、と言えば頭がおかしいと思われたでしょう。10年とはそういう時間です。現在はサドルの表面だけですが、全体が積層造形技術によって生産されているかもしれません。そして、ユーザーの体型や用途に合わせたカスタムサドルが作れるようになっているかもしれません。少なくとも、それが3Dプリンターを使ったサドル作りの理想だとは言えると思います。