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idmatchのはじまり

最適なライディングフォームを導き出す、イタリアのバイクフィットプログラム idmatchバイクラボの創始者ルカ・バルトリ博士の話を紹介します。

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あなたがバイクフィットを始めた経緯は?

ルカ
イタリアで体育学を専攻していた時に生理学への興味がわき、卒業後、アメリカのピッツバーグ大学大学院に進みました。生理学とバイオメカニクス(人体工学)を組み合わせた研究は、外科手術の工程を研究するために利用されていました。1980年代、イタリアでそのような研究は行なわれておらず、アメリカが先んじていたのです。

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スポーツのための研究ではなかった?

ルカ
そうです。ところが、バイオメカニクスをゴルフに応用していた友人がいたのです。当時、わたしたちは歩行に障害を持つ人の足首の動きを解析していました。8‐10台のカメラとセンサーを使って、関節の動きを記録するシステムを開発していました。それをアスリートの動きの解析に応用したのです。素早い動きに装置がついていけず苦労しましたが、それがバイオメカニクスをスポーツに応用した最初のアプローチでした。

イタリアに戻ってからは世界的なフィットネス機器メーカー“テクノジム”社リサーチセンターのディレクターとして、チェストプレス、ラットマシンなどをバイオメカニクスの視点から開発設計しました。バーベル等のフリーウェイトでトレーニングする時代でしたが、EMS(神経筋電気刺激療法)機器の開発に携わり、ラボの研究成果を他社のために商品化していました。

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自転車との関わりは?

ルカ
20年ほど前、セライタリア社のオーナー、ビゴリンさんから新規事業に誘われました。そして、スポーツ・バイオメカニクスを専攻した若手スタッフと立ち上げたのが現在のidmatchバイクラボにつながる研究です。

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スポーツ全般についてキャリアを積んできたわけですね?

ルカ
そうです。スポーツ・バイオメカニクスは特定の競技に特化したものではありません。身体の動きの基本は共通しています。関節の動きの効率はどの競技でも同じです。

1つの競技に特化して研究するときは、もっとも必要な項目について調べます。スピードやパワー効率、エアロダイナミクスやフォームなのかを深く知る必要があります。

バイオメカニクスは単一の学問分野ではなく、さまざまな科学分野の集大成です。モータースポーツやスキーで、とくにバイオメカニクスが注目されています。選手たちが同じレベルに達していて、わずか1秒の差が勝敗を分けるようなシビアなスポーツでは、バイオメカニクスに基づくノウハウが大きな違いを生むのです。


たとえばスキーのアルペン競技で時速100キロを超える速度を出すときには正確なポジションをとらないと数分の1秒差で勝敗が分かれます。10分の1秒ずれると、コースを飛び出してしまいます。

バイクフィットの歴史

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1960~70年代の選手たちは、ヒザから鉛をつけた糸を垂らしてサドルの前後位置を決めるようなことは、すでに行なっていたそうですね。わたしたちの先輩は、どのような苦労をして今に至ったわけですか?

ルカ
バイクフィッティングの歴史は2つの時代に分けて考えられます。最初の時代は、正解は分からないが、どのように調整すればどう感じるかという手がかりからポジションを導き出した時代です。試行錯誤して正しいポジションに近づけていくやり方でした。

ターニングポイントはベルナール・イノーが書いた本でした。彼は感覚を数字に置き換え、ヒザから鉛をつけた糸を垂らす方法や、サドル先端とハンドル間の距離をヒジから手の先までを使って測定しました。

ただ、なぜそうすべきなのかは分かっていません。科学的な根拠はなかったのです。しかし、彼は自分のポジションを再現する方法を見つけ出したのです。それが、1980年代にバイオメカニクス的な考え方に進化し、自転車のフィッティングに取り入れるきっかけとなりました。


ここから研究が大きく進みました。ただ、サイクリングの効率的ポジション、という発想はまだなかったのです。各関節を見ているが、効率性と空力性を併せて考えるというレベルには至っていませんでした。

1990年代にはいって風洞テストを取り入れ始め、フェラーリ社や米国の航空機メーカー2社の風洞実験室を使って、スキーヤーやサイクリストのフォームの研究を始めました。ポジション、パワー効率、エアロダイナミックポジションの折衷案をいろいろな試験を行ないました。


バイクフィットの目的 ― パフォーマンスと脳

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バイクフィットを受ければ、パワーが向上しますか?

ルカ
陸上の100メートル走のスタートを考えてみましょう。良いフォームを探し出すのはとてもむずかしい。姿勢が低すぎるとパワーが発揮できないし、上体が起きると空気抵抗が大きくなります。その修正に2年かかることさえあります。すぐには直せない。なぜなら、最高のパワーを発揮するとき、脳が身体に自動的にある特定のフォームをとらせるからです。すでに脳にプログラムされているのです。それを修正するコードを人間は持っていません。唯一の方法は、何度も練習を繰り返して脳のなかのコードを書き換えるしかないのです。


さて、自転車です。
トラック競技のスプリント系選手を使い、250メートルを全力で走るテストをしました。そのときに、乗り手のポジションを変えると、どうなると思いますか? 

結果は変わらないのです。

最高レベルのパワーを発揮する状況では、ポジションが多少異なっても、身体があるフォームを見つけ出して同じ結果を出します。自転車が決めるポジションをさらに調整して身体が有効なフォームを選び取るのです。

こんなたとえはどうでしょうか? 
小船があります。風が弱い時はあらゆる方向に自由に進めます。でも暴風下では風下の1方向にしか進めない。最高レベルのパワーを発揮する時、あなたの身体が自動的にたった1つのフォームを選び取る。それを変えるには、長い時間をかけてトレーニングを行なうしかありません。

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バイクフィットの効能は限定的?

ルカ
トラックのスプリント系種目と、何時間も走り続けるサイクリングでは、自転車を使っていますがまったく別のスポーツなのです。スプリントでは、長時間ライドほどにはポジションが結果に影響しないのです。もちろん、それでも自分の身体に合わない自転車を使うのは問題です。

なぜなら
どうも変な感じがするからです。ただ問題はそれだけです。ポジションがバイオメカニカル的に正しくなければならないのは中・長距離イベントの場合なのです。最低でも1時間半以上続くものです。それが私たちのターゲットです。

ポジショニングとパフォーマンスと健康


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では、時間が長くなるほどポジションの重要性が増し、正しいフィッティングがパフォーマンスを向上させる。

ルカ
その表現は、厳密に言えば、誤解を招く恐れがあります。パフォーマンスが向上する、という意味を正確に考える必要があります。

まずトレーニングの目的は強くなること。
パフォーマンスのキャパシティを増大させることですね。パワーの増大はトレーニングの目的の1つです。しかし長時間のライドではパワーが落ちてきます。なぜでしょうか? 

疲れるからです。

バイクフィットの本当の目的は、パワーの増大を目指すことではなく、その低下を抑えることなのです。バイオメカニカル的に良いポジションとは、パワーが落ちるカーブを和らげるものなのです。

このことが、トレーニングの究極の目的である平均速度の向上に大きく役立つのです。トレーニングの結果、パフォーマンスが向上する。良いポジションは、その落ち込みを抑えます。これが良いポジションの指標なのです。

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なるほど。バイオメカニクス的に合理的なポジションを見つけ出すことで疲労も軽減しますか?

ルカ
パフォーマンスという言葉にも多くの意味が含まれています。身体の長期的なパフォーマンスのことも考えなければなりません。良いポジションは身体をバイオメカニクス的に正しく使うことを可能にし、快適性を増し、長期的に障害を防ぐことにつながります。快適性の向上とは、サイクリング中のパフォーマンスの問題を超えて、あなたの健康を維持するためにとても大切なのです。

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次回は、良いポジションの意味についてです。