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ワイパーと洗濯ばさみと、僕の自転車

無駄なく簡素、機能的で美しい。
僕は自動車のワイパーをみると、いつも感心させられる。なにしろ100年以上も前に考案されたというのに、いまも見事に現役だ。国家元首が乗る数千万円もするであろうリムジンも、若者が初めて買う中古の軽自動車も構造は一緒。ゴムのブレードが左右に動いて水滴とホコリを端に寄せる。

コストを無視すれば、もっと他にも方法はあるらしい。そりゃ、そうだろう。でも、最先端を謳う電気自動車でさえ、ワイパーに替わるシステムを採用できない。そうなのだ、アイデアには多くの評価項目があって、そのバランスによって価値は変わる。コストを無視して高性能とは言わない。

僕、ステイン・デフェルムは自分の名前を冠した“stijncycles”を2008年に立ち上げた。すぐにロードバイク、MTB、シングルスピードのバイクを設計し、いくつかの成功しそうな話と、ほぼ同じ数の失望を経験した。

自転車が誕生してから200年らしい。奇跡的なことに、自転車は発明された初期から完成度が高く、僕のように製品を開発する立場から言わせると、なかなか手強い相手である。もちろん、ワイパーのように地味に進化はしている。けど、自転車は革新的な進化をしていない。

そうは言いつつも、僕のノートには、自転車に纏わるいろいろな問題を解決する策がたくさん書き込まれている。でも、それをすべて実行して出来上がる自転車は、不思議なことに「まぁ、いいだろう」程度の製品にしかならない。

閃いたときにはいいと思っても、やってみたら大してよくなかった。それぐらいの経験は誰にでもあるだろうし、アイデアの大概はそんなものだ。なので、僕は自分の名前を冠するステインサイクルズでは、入念に練り上げ、確信が持てるものしか作らないことにした。


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ペグは20インチのホイールとアルミフレームで構成されるロードバイクだ。みんなはどう思っているか分からないけど、ほかのどんな自転車にも似ていない。

最初に断っておくと、残念ながら、売上げは大したことない。大きなメーカーだったら、叱られるレベルの台数かもしれない。でも、ステインサイクルズにとっては自信作だ。バランスよく高性能なんて、僕の求める良しあしとは別の話である。いっぱい売れることは魅力だけど、それよりも、僕にしかできないデザインをすることのほうが、ずっとずっと大切なのだ。

僕は元プロ選手で、今はステインサイクルズのオーナーだ。子供の頃はロードレースよりもテクニカルなオフロードレースの方が好きで、選手としても、それなりに頑張ったと思う。でも、現役を引退した後も本職のDHバイクを作る気にはならなかった。選手時代に似たようなことはしていたし、DHバイクを作りたい人は他にもたくさんいる。

そこで、僕はロードバイクについて本気で考え、小径(しょうけい)車の可能性に気がついた。ロードバイクについて考えている人は、DHバイクのことを思っている人よりも多いだろうが、小径車専用のジオメトリーがあれば、700Cのロードバイクの弱点を克服できるという確信があった。

僕の見いだした活路はハンドリングだ。
ハンドリングとはナニか……を話し出したら、本が一冊ぐらいは書けそうだ。いろいろな要素が絡まっているので端的に言うと、伝統的なロードバイクは、下り坂を楽しむに十分な荷重が前輪にかかっていない。さらに、ハンドリング重視にするなら、フレームのねじれ剛性にも改良の余地がある。小径車のアドバンテージを利用すれば、700Cホイール&フロントフォークのたわみを設計から排除できる。そして、この開発方向なら、プロとしてレースで培った経験も活かせる。

車輪が小さくなれば、ホイールやフレームは過剛性になる可能性もある。けど、設計する立場から言われせてもらえば、軟らかいホイールを前提にするよりも、しっかりとした足回りの方がフレームの設計はしやすい。たとえるなら、軟らかいホイールだと足元が安定しない土地に家を建てるようなものだ。基礎となる部分は硬い方が設計しやすいのは自転車も一緒だ。

勘違いしないでほしいのは、ホイールを作るのが非常に複雑な作業だってことは、ちゃんと理解している。軽量すぎても、重量を気にせず剛性を追求してもいけない。ホイールを作るというのは、非常に複雑でデリケートな仕事だ。

リムやスポークといった部品、スポークの組み方や張力、タイヤの銘柄や空気圧によって体感性能は変わる。突き詰めれば、ツール・ド・フランスならステージごとにホイールは違うだろうし、すべて満足させるホイールというのは、ありえない。逆に言うと、フレームとホイールを同時に開発できたのは、ペグを開発する上で大きなアドバンテージとなった。

いけない。大切なことを言うのを忘れていた。
僕がペグを開発するにあたって掲げた目標は、自分の好きなコースを最高に楽しく走れるロードバイク、である。ほどほどの高低差に、いろんな種類のコーナーがいっぱいあって、上り下りもいっぱいある。僕の住んでいる台湾には、そんなお気に入りのコースがいくつもある。そして、僕の故郷ベルギーには平坦しかなくて、僕の愛するコースは日本にもある。

峠道において、ペグは最上級のレーシングバイクよりもはるかに面白い。

「バターに熱いナイフを入れるように走り抜けてくれる自転車だ」

初めての試作車に乗ったテストライダー(僕の父親だ)は、そう言って褒めてくれた。また、違うライダーはタイムを計測し、700Cロードよりも5分以上速く下れたと驚いていた。

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とっておきの秘密

ダウンヒルを走るときは、いつも自分に言い聞かせる。

前に体重を、前に体重を……。
胸をハンドルに近づけるんだ! 
鼻を前輪の上に持ってこい!

700Cロードは前輪の荷重が不足している。
だから、怖くても、身体を前に。
でないと、前輪が滑ってしまう恐れがある。


僕はMTBのDH選手だった。世界チャンピオンにはなれなかったが、同じ舞台で勝負するところにいた。
だから、信じてほしい。
700Cロードは前輪の荷重が不足している。

ペグがダウンヒルで悦楽に浸れる理由は、前輪の車軸が身体に近く、無理なく加重できるからだ。ペグを横から見ると、ホイール径が小さく、フォークブレードも短く強固なのが分かるだろう。小径車ならみんな同じでは……と思うかもしれないが、そうではない。

一般的な小径車はジオメトリーも700Cロードの模倣をしているが、ペグは車軸が遠くならないようにジオメトリーで調整している。これが正確なハンドリングとなるポイントの1つである。

とっておきの秘密も公開しよう。
僕は今でも360Wぐらいでペダリングを続けられるが、ペグで剛性不足を感じたことはない。なんなら、ハンドルのたわみの方が気になるぐらいだ。それでも、実は見た目と違って、フレームの前半分を意図的にねじれやすくしてある。とても剛性の高そうなスタイリングだが、パイプの肉厚を微調整して軟らかくしてあるのだ。

もし、コーナリングの挙動を詳細に撮影することができれば、シートチューブとヘッドチューブの間がねじれ、前輪のバンク角とシートチューブの角度がずれていることがわかるはずだ。

ライダーがペグにすぐに馴染めるのは、ジオメトリーや荷重バランスだけではなく、フレームの柔軟性が鍵を握っているからだと僕は思っている。フレームを意図的にたわませているなんて聞いたら、怖がる人もいそうなので黙っていたけど、たわんでしまっているのではなく、たわませているから心配する必要はない。

このたわみの適正化には5種類のフレームと、15本のフロントフォークが必要だった。2本目の試作でかなりいいところまでいったように思ったが、妥協はしたくなったのでテストライドの距離と時間は贅沢なほど使った。しかもチューブはすべてカスタムメイド。少し異なる仕様のチューブを試そうと思っても、試作に2週間くらい待たされる。それでも妥協する気にはならなかった。

もう一つ。
BBハイトは比較的高めにしてあって、700Cロードの高さに近い。BBの位置が低すぎると、コーナリング中にペダリングできなくなってしまうからだ。でも、低めのBBの自転車を乗りこなすには、ちょっとだけ慣れとテクニックが必要になる。

初心者なら、BBを低くすることで数%速く走れるかもしれない。でも、コーナリングの基本はスローイン・ファストアウトだ。BBの位置を少しだけ高めにしたのは、高速旋回性を向上させるとともに、少しでも早いタイミングでペダリングを始められるのが理由である。

ハンドリングというのは、試験機にかけて簡単に測定できる性能ではない。感覚で煮詰めていくしかない。高速コーナーではよくても、タイトなヘアピンコーナーではダメなこともあるし、その逆もある。したがって、フィーリングに関わる要素をテストする。

同じコンポ、同じタイヤ、同じスポークテンション、同じ道路、同じコンディション、同じ温度、できるだけ条件を近づけてテストをする。地味な作業だけど、高級スポーツカーも最後のセッティングはテストドライバーの感性がフィーリングを作っている。

正直に言えば、最初から現在のパフォーマンスを狙っていたわけではなかった。テストを繰り返す中で、自分の意見を変える必要もあった。上手くいかないことも、予想以上にうまくいったこともあった。結果としては大満足だ。

将来的にステインサイクルズは違ったコンセプトの自転車を出すだろう。でも、それはペグと共存するモデルであって、進化したモデルではない。あと何種類かまったく新しいコンセプトの自転車を作りたいけど、ペグは今ある姿で完全な姿だ。

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最後に。
フォルムは機能に付属するもので、デザインは時を経ても古くならないことを希求すべきである。だから、僕はシンプルなものを求め、自分のロードバイクにシンプルな名前を付けたかった。

Googleで“ペグ”と検索してほしい。洗濯ばさみの画像が出てくるはずだ。木製のレバーに鉄製のバネをつけたクラシックな洗濯ばさみは優れて機能的なデザインだ。代替物はいろいろとあるが、オリジナルほど気持ちのいいものはない。僕は伝統という無駄をはぎ取り、ロードバイクをできるだけいいモノにしたかった。宣伝するのは好きじゃないけど、この文章を最後まで読んでくれた方には、一度でいいから乗ってみてほしい。〈ステイン〉