Phibra Nextの読み方
あなたは、どうして、今の愛車を買ったか覚えていますか?
有名選手が乗っている、軽量、コストパフォーマンスがいい……どんな理由でもかまわないし、人それぞれでいいと思います。ただ、選んだ自転車によって、同じ道を走っても、受ける印象は違ってしまうものです。そして、バックボーンや裏話を知ることで、それまで気にも留めていなかったモデルが魅力的に見えたりします。そこで、今回はカレラのラインナップから、フィブラネクストの話をしましょう。
【歴史】
“フィブラ”という車名がカレラのラインナップに加わったのは2008年から。フィブラネクストで 4 代目になります。初代は超極太ダウンチューブと、曲線の作り出す個性的なスタイリングで話題を集めました。このデザインは個性的なだけでなく、生産性においても革新的でした。通常、フレームは11本のチューブを組み合わせる構造ですが、フィブラはダウンチューブとチェーンステー、トップチューブとチェーンステーを融合。それぞれのアーチを長大にデザインし、両端をカットしてフレームサイズやカスタムオーダーに対応するという、従来にないユニークな構造でした。
続いて、2011年に登場したのがフィブラTWOです。スタイリングはそのままに価格をおよそ 3 分の 1 、重量をMサイズで210gも軽量化させました。カスタムオーダーはできませんでしたが、大胆なカラーリングも人気を後押しし、走行感もスプリンター向けのスピードバイクから、ヒルクライム用になりました。そして、さらに 3 年後にEVOがデビュー。イタリアで人気のロングライド用イベントにチューニングされ、カラーリングはさらにアグレッシブなものとなりました。初代と比べると、細かな部分がいろいろとブラッシュアップされて、フレームの構造もモノコックになったり、電動変速システムに対応したり、変わってはいるのですが、見た目だけで言えば大きな差がない。ポジティブに言えば、ちゃんとコンセプトが貫かれている。悪く言うと、あまり変わり映えしないという感じでしょうか。
【SPECIFICATIONS】
で、2018年モデルとしてフィブラネクストが登場しました。
フレームの仕様は以下の通り。
●Frame/T1000(30t)
HS40(46t)
ピッチ系超高弾性CFRP(65t)
超高強度CFRP
耐衝撃液晶ポリマー
●重量/990g(Mサイズ)
●コラム/1.125-1.25インチ
●BB/プレスフィット86×41
料理のレシピと一緒で、素材名を並べられても味は分かりませんよね。さらに積層やプリプレグの形状を公開したとしても、まるで想像はつきません。カレラも同じように考えたのか、飛行機のエアバスA380やボーイングB787といった航空機で培われた、最新の技術が使われていると表現しています。もう 1 点、素材の最後にある耐衝撃液晶ポリマーというのは、落車などで破損する可能性を減少させる複合材のことです。同じような取り組みは、他のブランドでも行なわれていますが、超高級モデルに採用されているだけで、30万円以下のフィブラネクストに使われているのは驚くべきポイントと言えるでしょう。
重量は990g。旧型のEVOと比べて120gも軽くなりました。シートチューブのデザインもスッキリとし、オリジナリティを残しつつ上手にまとめています。この重量では軽量マニアは見向きもしないでしょうが、実際に手に取ってみると軽いと言う人が多いのです。それはグラマラスなデザインが影響している部分もあるでしょうし、経験が豊富な人であれば30万円以下の標準的な重さから類推して、軽いという印象を受けるのだと思います。重量を絶対的な正義だという人もたくさんいますが、そう言い切るにはむずかしい面もあります。というのも、走ったときの印象は完成車として複雑なプロセスを経ての印象なので、重量は軽くても走りが重かったり、手で持つと重いのに走ると軽いバイクもあります。どのようにパーツを組み合わせるかでも、結果は変わってしまいます。
【アシンメトリーチェーンステー】
あまり専門誌等では取り上げてもらえなかったのですが、フィブラネクストのセールスポイントのひとつに、アシンメトリーチェーンステーがあります。競技用のロードバイクに限らず、自転車はギヤが片側にしかないので、シングルギアのバイクでもチェーンステーの形状は左右非対称です。したがって、ライダーがペダリングで生み出すパワーが左右対称であっても、力の伝達はアンバランスになります。この失っているパワーを効率的に推進力に換えるため、新しくデザインされたがのフィブラネクストで採用された新型チェーンステーです。パッと見は気がつきににくいのですが、右と左で、エンド周辺のステーの高さが全然違うのです。このデザインによって剛性は12%ほど向上しています。この値は無視できない大きな違いです。
【スタック&リーチ】
現在、フレームサイズを決める基準として注目されているのがスタック&リーチです。詳しくいうと複雑になるので、簡単に言うと、スタックはハンドルの高さを、リーチはハンドルまでの距離を決めます。普通に考えれば、フレームサイズが大きくなるとハンドルは高く、遠くなります。しかし、そうなっていないのが実状です。シートチューブの角度はサイズによって異なるため、フレームが大きくなったのにハンドルが近くなることも、ままあります。特にサイズが小さいフレームでは乱れが顕著で、ハンドルの距離を遠くしようと思って大きなサイズを選んだら、より長いステムが必要になったりします。歴代のフィブラと同じく、このリーチ&スタックのバランスは完璧と言っていいほどのバランスを誇ります。
【インプレッション】
人の第一印象は 3 秒で決まる、と言われていますが、ロードバイクの第一印象もすぐに決まります。フィブラネクストに乗って思ったのは「なんて身軽なんだろう!」でした。この軽快感はカレラがレーシングブランドとして築いてきたフィーリングの与え方で、日本に初めて輸入されてから続く伝統的な感触です。軽さや速さというのは、ロードバイクを選ぶときの基本となる性能です。どんなにゴージャスでも重く、遅いバイクに惹かれる人は少ないですよね? カレラのオーナーたちはリピーターが多いのですが、それは「何度でもアタックしたくなる」、「加速したときのキレが抜群」といった特性を高く評価しているから。フィブラにしても、この軸を外したことはありません。
ネクストはフィブラ史上、もっとも快適性の高いバイクです。振り返ってみれば、初代の剛性はトゥーマッチでした。カーボンフレームの剛性が不足している時代でしたので、極限まで剛性を追求した結果、かなりスパルタンな仕上がりとなりました。以降、時代の求める要求を満たすようにデザインされてきました。EVOはエンデュランスバイクとして設計しましたが、「まるでレーサーのような……」と形容される人も多く、やっぱりカレラはレーシーだという印象を持った人が多かった。そこで、フィブラネクストではフォークコラムの径を小さくし、少しマイルドな規格を採用しています。
ハンドリングというのは、自転車の性能の中でも複雑に要素が絡むので、 1 つの規格や寸法ですべてを語れません。でも、ネクストは明らかに乗りやすくなりました。コースコンディションが荒れがちの峠のコーナーなどは、明らかにコントロール性が向上しています。これはブレードの強度や剛性と、コラムの接合部分のバランスが整っているからです。コラム下側の1.25インチは、現在の基準で考えると標準よりも小さいものの、弱さは微塵も感じさせない。この辺りの設計はデザイナーのルチアーノ・バラッキの卓越した能力を認めざるを得ないでしょう。
その高いコーナーリングの性能を下支えしているのが、ダイレクトマウントのブレーキシステムです。世間ではディスクブレーキこそ新時代の盟主であるかのように語られています。ですが、発展途上の技術ゆえに、メンテナンス性など弱点を抱えているのも事実です。ダイレクトマウントのブレーキの利点は、高剛性化によるリニアな制動力です。フォークブレードとシートステーにブレーキを直接マウントするため、制動感や制動力の低下の原因となるブレーキシャフトがありません。ちょっと専門的な言い方をすると、ねじ締結体としての強度も高く、フレームの強度も利用して高いねじれ剛性を誇ります。ディスクブレーキの未来を否定はしませんが、完成度の高いホイールと、容易なメンテナンス性を誇る点を踏まえれば、もっと高く評価されるべきブレーキシステムです。
ちょっと説明的になりましたが、言うまでもなく、エモーショナルな点でもフィブラネクストは魅力的です。ペダリングの軽さはカレラの伝統的な武器であり、路面からの振動も適度に伝えてきます。アメリカ系のエンデュランスバイクと比べると、やはりレーシーでスパルタンです。高価なレーシングバイクではないのに、フレームの性能を引き出そうとすれば、求めてくるのはレーシングスペックというのもカレラらしいと言えます。今回の試乗車はハッチンソン・フュージョン 5 の25Cが採用されていましたが、フレームは28Cに対応しています。よりコンフォートな乗り心地を求めるなら、チューブレスレディの28Cを選択することで、より上質な快適性を手に入れられるでしょう。
フィブラネクストが所属する、フレーム価格30万円前後のセグメントは激戦区です。たくさんの優秀なフレームが存在します。しかし、100m離れたところでも、シルエットだけで見分けられるフレームは多くありません。今回、カレラは従来にないほどデータを公表していますが、それは数値だけでは表わせないところにカレラの価値があると信じているからです。フィブラネクストの積層スケジュールやプリプレグのデザインには有限要素法が用いられていますが、そういったアプローチは当然のこと。価格に含まれる、もっとも価値があるものは、プロのレースで500勝以上の勝利を重ねてきたノウハウであり、年間走行距離が10000㎞を超えるヘビーユーザーを満足させてきた経験なのです。