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Phibra Discと、未来のCARRERA

春にお知らせしていたフィブラ ディスクが入荷しました。予定していたよりもスケジュールは遅れましたが、シモーネ・ボイファーバの自信作です。このニューモデルにかける彼のメッセージをPlanet Podiumでご紹介します。

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2019年に来日したシモーネ・ボイファーバ


Q ついにフィブラ ディスクがリリースされました。
シモーネ
大変、遅くなってしまいました。言い訳はたくさんありますけど、すいません、その主犯は私です。コロナ渦で想像以上に需要が高まったので、今こそ安定して製品を供給することはメーカーの使命です。しかし、それよりも大切なことがあるように思ったんです。

Q というと?
コロナ渦の中で、私は会社を受け継ぎました。これはカレラにとっても大きな出来事で、チャンスにもピンチにもなりうるわけです。10年後、20年後に現在を振り返ったときに、“あの時間があってよかった”と言える時間の使い方をしたくなったんです。

次のバイクは新しい船出となるバイクだし、キチンと時間を使って考えたい。まったく新しいコンセプトのニューモデルもいいだろうし、カレラの財産とも言える過去のモデルを新しい形で復活させるのも悪くない。


Q 後者を選んだわけですね。
シモーネ
ダビデが名選手とともに作ってきた歴史は、カレラというブランドの礎です。この財産を利用しない手はないし、それが嫌なら、違う会社なりブランドを立ち上げればいい。同時に歴史の模倣や、継続をするだけでは面白くない。会社ですから利益は大切です。ただ、それだけを目的に規模を大きくするのも、私が目指すスタイルではない。多くの人に、イタリアのレースで培われたサイクリングの楽しさを届けるには、なにをすべきか考えました。

まだ「社是」みたいなモノはないし、みなさんに発表できる段階ではありません。スタッフやユーザーと話をしながら、新しいカレラの方向性を探っている最中です。言葉にすると、それに頼ることも出来るけど、縛られちゃうこともある。だから、とりあえず手を動かして、フレームを作りながら現在進行形の中で熟成させてみようと思ったんです。

Q なぜフィブラに?
シモーネ
ブラックナイト、ハーキュレス、メルキュリオ、イカロ……さらに古く、懐かしいモデルもあります。どのモデルも復刻させるだけなら難しくない。けれど、いくら輝かしくても、カレラが見ているのは過去よりも未来であるべきだし、もっと面白いことはないかと考えました。

フィブラはペイントを剥がし、50m離れた場所から見ても、フォルムだけで車名が分かります。自画自賛になりますけど、そんな自転車、他にありません。あの猫背のフォルムは、カーボンフレームでオーダーメイドを可能にするために、ルチアーノ・バラッキさんが考案しました。

当時、不可能と言われていたカーボンフレームのカスタムオーダーに挑戦した意欲作であり、「繊維」という車名はカーボンファイバーから由来している。しかも、何世代にも渡って、あのフォルムを守り続けている。手前味噌ですけど、そんなカーボンフレームは、他に1台たりともないんです。

してみると、目指す方向性を探るのに、もっとも相応しいのがフィブラのモデルチェンジなのではないか? と考えたんです。

Q どのような方向性ですか?
シモーネ
かつてスチールフレームが主流だった時代、フレームビルダーは設計から溶接まで1人で作業を完結できました。物欲を満たす買い物の究極形は“私、専用”だと言われています。してみると、スチールフレームのオーダーメイドは、存在自体が高級です。その魅力は私にも十分に理解が出来ます。


しかし、モノを作る立場から言えば、1人でやっている限り、知識や生産能力などの限界も低くなってしまう。カーボンフレームが実現している性能は、やはり多くの専門家やチームとして機能しているからです。フレームの寸法を決める人、選手、フィードバックされた走行感から要求性能を決めるエンジニア、デザイナー、工場にはカーボン繊維に樹脂を含浸させたプリプレグのシートを切り出し、それを積層させる人、仕上げる人、塗装をする人……他にも多くの専門家が携わります。

ロードレースでもそうですが、絶対的なエース1人よりも、優れたアシストの揃っているチームの方が強い。カレラにしても、スチール時代のようなカリスマは不要です。設計、試乗、マーケティングなど、あらゆることに私は関わりますが、特別な存在ではダメなんです。誰もがリーダーになれる資質と実力を持ち、「場」によってリーダーが変わる。そんなチームが私の目指すカレラです。

Q 理想的な意見ですけど、圧倒的な予算とマーケティング能力に長けるアメリカンブランドに、どうやって対抗するのでしょう。

シモーネ
アメリカンブランドが成功した理由は、ヨーロピアンブランドの真似をしなかった点にあります。アルミもカーボンフレームも、最初に作ったのはヨーロッパのメーカーです。その一方で、私たちの先輩たちはスチールフレームの正義が揺らぐとは夢にも考えていなかった。アメリカ人は本気で新しい素材に取り組み、マーケティング的な手法も本格的に導入した。そして、見事に成功したわけです。

Q なるほど。
彼らに見習うべき点は多くありますが、同じことをしても規模も予算も小さなヨーロッパメーカーの勝ち目は極めて小さい。その証拠に、わが国を代表するブランドが他国の資本になった原因のひとつには、アメリカンブランドの後追いしたからでしょう。

流行を取り入れたモノ作りを否定するつもりはありません。それを欲しいと思う人たちがたくさんいるわけだし、流行って、ちょっと前の問題に取り組んだ改善策だったりしますね。私たちの製品にも流行を取り入れられているし、往々にして性能も向上しているものです。ただ、オリジナルを失って人まねを続けていると、自分たちの方向性を失ってしまいます。

たとえばエアロ系モデルでは、シートステーの位置を下げるのが流行っていますよね。あのデザインを採用すると、他の部分で差別化を図らないといけなくなる。

空気抵抗が小さいのを「正しい」とか「進化」とすると、対抗軸がなくなって選択肢はどんどん小さくなっていっちゃう。それは成熟とも言えるかもしれないけど、私たちがすべき選択ではない。それだけじゃ面白くない。カレラのロードバイクには「楽しい」があってこそ。そこにはこだわっていきたい。

Q 楽しさの根本は、どこにあるんでしょうか?
シモーネ
大切なのは客観よりも主観的な性能です。商売ですから、たくさん売れたら嬉しいし、そのように努力します。そのためにセールストークはとても大切ですけど、フレームだけで性能を語るのは嘘です。

走行性能というのは、いろんなパーツが連携して成立しています。どんなに軽量なフレームでも、パーツが重かったら、やっぱり走行感もそれなりにしかならない。どんなにハンドリングが良くなるように願っても、タイヤの性能が劣っていたら、やっぱりどうしようもない。

変速機を作っている人たちにしてみたら、フレームがアホだから……という場合もあるでしょう。言い換えれば、しっかりと作られたフレームがあって、それで変速性能が決まるとも言える。だから、他の部品との関係は上下ではなく、横方向で考えるべきです。身体みたいに1つの動きに対して、いろんな筋肉や部品が動いて、その1つでも性能が悪ければ最高の性能は発揮できない。そう考えたら、パーツの性能を引き出すため、フレームには出来ることがもっとあるかも……とスタッフには言っています。

「フレームがカレラだから、いい自転車です」というような決め台詞が言えたらいいんですけど、そういう嘘をついてまで数を売るべきじゃない。ユーザーが自分なりの工夫を加えることで、「オレのフィブラディスクがイチバンいい」と思ってもらえたら嬉しい。だから、互換性のない専用パーツで組み上げるような完成車の設定はしたくない。

いつか専用品だらけのフレームを作るかもしれないけど、フィブラディスクに関しては、どんなパーツで組み上げると高性能になるかよりも、好きなパーツと組み合わせて、いろんな性能が楽しめることを優先しました。

最高の性能を目指してパーツを選んだり、ポジションを変更するのはとても楽しい時間です。私たちフレームメーカーがそのプロセスをユーザーから奪ったら、自転車に対する興味は拡がらないし、知見だって深まらない。と言ったら、少しカッコをつけすぎですかね。

Q フィブラは最高級モデルとしてデビューし、どんどん手の出しやすいモデルになってきていますが……
シモーネ
いわゆる高級車のような存在は、今のカレラに必要ないですね。高価な素材と多額のマーケティング予算を注ぎ込むのもいいですが、ちょっと立ち止まって周囲を見てみると、どこのブランドも便乗するように価格がどんどん高価になっています。技術力が上がったなら、もっと安く出来ることもあるはずです。だったら、みんなが喜び、ライバルがやらないことに挑戦するのも面白いんじゃないかと思いました。

トップレーシングの世界から離れてしまいましたが、カレラはジュニア世代への機材供給を絶やしたことがありません。多くの可能性を秘めたアスリートとレース活動をするのは、やはり喜びに満ちています。そして、カレラに乗ってみたいと思ってくれる若い人たちが入手しやすい存在であることに、存在価値があるのかなと考えています。

フィブラは、コストを無視して限界性能を追う存在ではない。しかし、レースで勝てなかった原因となる性能でもないですし、ロングライドだってポタリングだって楽しめます。同じ価格帯のフレームと比べてパフォーマンスで勝ることはあっても、劣ることはない。百歩譲ったとしても、フィブラディスクほどマジメに作っているフレームを探すのは、相当に大変なはずです。

話が長くなるので、1つだけ紹介すると。
フィブラディスクには4種類のチェーンステーがあります。完成車で1万ユーロもするような超高級車でさえ、2種類のチェーンステーしかないことも珍しくありません。本来、チェーンステーの長さだけで語るべきではないのですが……サドルの高さが変わったときの軌跡を想像してください。

サドルが高くなれば、シートチューブアングルの角度に合わせてサドルの位置は後退します。小さなフレームでも、とても長いシートポストがあればサドル高は出せます。しかし、チェーンステーを底辺とし、サドルを頂点とする三角形の形状はどうでしょう? まったく違うモノになるのは想像に難くないはずです。

この三角形の形状をそろえるためシートステーの長さや、シートアングルを変化させる設計を行なうのです。こうした設計はカレラの歴史から学んだことであり、北イタリアにおけるフレーム作りの伝統でもあります。

Q レーシーな考え方はアイデンティティですか?
私の父はマリアローザを着用したこともある選手であり、私はレースの中で育ち、レースを走ってきました。北イタリアというのは、世界でも屈指の選手が集まり、一流のレースが行なわれ、それを観てきた目の肥えた人々がいます。“カレラはレーシングブランド”だと評価されてきたのは、土地や人によって磨かれてきた影響が小さくないからでしょう。この恵まれた環境の力を私は信じています。

ロードバイクの本場はヨーロッパです。だから、世界中の自転車メーカーがヨーロッパで活躍することを夢みて、参戦してきます。ロードバイクに求められる真髄を手にするには、ラボで得られたデータではなく、サイクリストたちが流した汗の量や時間も必要です。私も父も経営のプロではありません。選手としても一流ではない。だからこそ、アマチュアが望むことが分かり、それを形にすることが出来るんだと思います。


トッププロの優勝よりも、一人でも多くのアマチュアに喜びを。それが私がフィブラディスクに込めた想いです。